アマンダおばさんの
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7月18日

<真の愛犬家とは?>

梅雨の最中、同じ日に生まれた2腹4頭のプードル子犬がそれぞれのオーナー様宅に譲られていった。
 1番最初に巣立った女の子。空輸のあと兄弟から分かれた寂しさでオーナーさんのあとを追って付いて回っている、とのご報告、が食欲あり元気な様子で安心した。  翌日はティーカップの男の子を沖縄に空輸した。 とても可愛くて子供たちが「キャキャー」言ってます、と奥様がご連絡くださった。気に入っていただいたようで嬉しい。  更に次の日、朝一番の便で羽田に空輸し、更にお昼には別の方が同じ東京から子犬を引取りに見えられた。メールでのやり取りだけではわからないオーナーご家族の暖かい雰囲気が見て取れた。やさしそうなご主人様と奥様、そして小学生の男の子がプードルの子を迎えてくれた。このご家族ならきっと子犬を大切に可愛がってくれるに違いないと確信、男の子も子犬とのふれあいを通して多くのことを学ぶだろうと想像した。午後、朝に空輸した子犬のオーナー様から無事着きました、のご連絡。その後ちょっと電話での声が途絶えたため、一瞬何か子犬に不都合があったのだろうか、それとも送った子犬がお気に召さなかったのだろうかと案じた。だがそれも思い過ごしに終わった。奥様は涙ぐんでおられたのだ。羽田は仙台から伊丹の経由便になる、小さい体でたった一人長旅をして来たことに感動をしておられたのだ。私も思わず声が詰まってしまった。奥様から13年飼っていた愛犬が1月に亡くなったというメールをいただいたのは6月半ばのころだった。当方のHPを見てようやく次の子を迎える気持ちになった、と書いて下さった。私もワンコが老衰や病気で亡くなった経験は何度かある。どんなに辛かったのだろうか、そして寂しかったのだろうかと思うと、いたいけな子犬を見て胸が一杯になったのも無理はないと理解できた。その後のメールでは食欲旺盛且つやんちゃで皆の笑いを誘っている、とのご報告をいただいた。明るさが戻ってきたご家庭に心から良かった、とそう思った。
 子犬は十中八九良いファミリーにご縁があり当犬舎より譲渡される。ではどういう方が「良い」オーナー様なのだろうか。それは一言で言えば「人格のあるオーナー様」と言うことができるのではないだろうか。「ワンコを愛しております。犬が好きです。」という人はたくさんいると思う。だが、犬が好きと言うだけで良いオーナーと言えるのだろうか。本当の愛犬家とはワンコが好きというだけでは足りず、ワンコから好かれる人間でなければならないと思う。ではどういう人間がワンコから好かれる良いオーナーなのだろうか。それは社会人であれば社会に足をつけ人との融和を図りながら常に自己を磨いている人であり、主婦ならば妻として親として立場を全うすべく心磨きに日々努めている人、となる。人には必ず立場というのがあり立場を無視してよい人生などはありえない。

 ワンコにバランス感覚を持って接することの出来る人は、職場や家庭においても然りだと思う。一方職場の人間や、家庭で夫や子供に神経質に接する人はワンコと接する場合も然りなのである。要するに人はどういう場面においても「同一人物」なのだ。職場で冷たい人は往々にして家庭でも妻や子供に冷たい。逆に仕事場で好人物と思われる人は家庭でも多かれ少なかれ良い夫であり良い父親であるということが出来る。
 愛犬に対しても然りではないだろうか。ワンちゃんのあるがままを素直に受け止め、そのままを愛してあげること、このことがワンちゃんのためになりプラスになるのだ。ひとつひとつ疑いを持ったり心配し過ぎることは、ワンちゃんにとって毒ガスを送ることになりはしても決してわんちゃんのためにはならない。言葉のわからないワンコは思う以上に影響を受けているものなのである。良き家庭人=良き飼い主であることを肝に銘じたい。私自身も、多々失敗があり反省ばかりではあるが、ワンコにとって最良のオーナーになるべく日々自己練磨に努めてまいりたいと思うものである。

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7月30日

<ビタミン愛>

スーパーで駄々をこね大声で泣く子、一見冷静だが何も言わず手をこまねいて子供を睨んでいる母親。久しぶりで見た親子の光景だ。恐らく何か買ってほしい子供の要求に母親がストップをかけたあとの状況であろう。何も言わないが家に帰ったらあの子はどうなるんだろうと想像する。
 折りしも、川崎にいる三男から「リクルートスーツを買いたいので、白シャツも含めて○○円お願いします」というメールが入った。今年大学院に進んだばかりなのにもう就職活動?早いことー、と驚いたが早速銀行から希望金額プラスαを振り込んだ。 これまで教科書代、帰省の新幹線代も同様に送金したが、いつも子供から要求される金額に何がしかを加算して送ったなーと振り返る。お金のあるなしには関係ない、びんぼー時代でも同じだった。
 ここに酒飲み亭主の改善物語がある。知人のAさんはご主人の大酒呑みが悩みだった。休みの日などは昼間から1升瓶を片手にコップに並々と注いでは飲んだ。飲むだけならまだいいが次第に酒乱になり暴力を振るうようになった。悩んだあげくある人に相談すると「ご主人がお酒好きならば、飲みたいだけ飲ませてあげなさい。」と言われた。Aさんは一瞬お酒を飲ませたくないのにどうして好きなだけ飲ませなさいというのかその意味を図りかねた。ますます酒乱になるのではないかと案じた。普通は誰でもそう思うだろう、そんな馬鹿なと。しかし藁をもすがる思いのAさんは言われたその通りその晩から「どうぞ好きなだけ飲んでください」、と一升瓶をご主人の傍に並べて置いたのだ。その数5,6本。並べた1升瓶の前でいつものようにお酌をすると、ご主人がいかにも嬉しそうに飲んでいる姿を見てAさんも次第に嬉しくなっていった。心からお酌をしていると、不思議なことにあるところまで飲んだご主人が「もうこれで終わりにする」と言ったそうだ。驚いたのはAさんだ。今までご主人がお酒を飲むたびにいやだいやだと思っていたのが心切り替えて「どうぞ飲んでください」という気持ちでお酌をしたところ飲むのをやめたというのだ。

 これは一体何を意味するのだろうか。人は だめだだめだと言われるとよけいにしたくなる。なぜだろう、それはきっと愛情を感じられないからだろう。自分を受け入れてもらえないところに愛を感じることは出来ない。ビタミン愛がプラスされる時に人は満足し心動かされる。先の酒飲み亭主の場合でも、飲むたびに不満そうに見ている奥さんに心満たされることがなかったのだろう。その欲求不満から酒を飲むようになったかも知れないのである。奥さんの愛を感じられないからこそ暴力を振るったのかもしれない。だが、どうぞ好きなだけ飲んでくださいと言われたとき心は愛で満たされ満腹になってお酒をやめたに違いない。
 人は愛に満足している時必要以上の金銭物質を求めない。それらがどんなに魅力のあるものでも愛以上にすばらしいものでないことがわかっているからだ。
 子供のことに話が戻るが、我が家では今まで子供達から正当な理由のない金銭の要求を受けたことは一度もない。訳もなく「金くれー」とせびられた経験は皆無だ。むしろ「足りないんじゃないの?」と親のほうが聞くくらいだ。だが、4人の子供たちからはいつも「いらない」と断られた。
 子供が物や金銭欲に走るのは心が満たされていない場合が多い。先の例と同じように親からの愛情に満たされている子はやたらと金銭物質を欲しがらない。
 パチンコに夢中なご主人・・・いっそパチンコの玉をバケツ一杯プレゼントしてみてはどうだろうか。心からどうぞと言うとききっとやめる方向に行くに違いない。日曜日ごと釣りに出かけてしまうフィッシングウィドウの奥様、餌を目一杯買ってご主人にどうぞ好きなだけ釣ってきてくださいと提供してはどうだろうか?嬉しくなってたまには釣りを休んで奥様とデートでもしようかと思ってくれるに違いない。
 主人は結婚以来私に「〜を買ってはいけない。」「節約しろ」と言ったことは一度もない。どんなに苦しい時でも「欲しいものがあるんだったら買ったらいいんじゃない?」と言ってくれた。買おうかどうかと相談して「買ったらいいさ」と言われると「はてこの品は果たしてあえて買う必要があるだろうか?」と考えるようになる。妻が欲しがるのだったら何でも買ってあげたいと思う夫の愛情だけで心が満たされるのだ。するととびきり欲しいと思うもの以外買わなくなる。
 トイレの躾がうまくいかないワンちゃん。失敗に拘ってがみがみ叱っているうちは覚えない。「いいのよ、漏らしても。どうぞどうぞ、好きなだけ漏らして頂戴。漏らしても何でも私はあなたが可愛いのよ」と思って愛情を傾けているオーナーさんのワンちゃんはすぐにトイレを覚えるだろう。しかしちょっと漏らしては叱りたたいて怒ってばかりいるオーナーさんのワンちゃんは、たぶんいつまでたっても覚えないだろう。生きとし生けるものは皆ビタミン愛に心動かされるものなのだ。
他人にビタミン愛を振り撒ける私になりたい。足りない自分を自覚しつつ・・・。


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